「まず試してみよう」という気持ち、すごくよくわかります。社会人になって、習字教室に通う月謝代やお手本代、道具代も自分のお給料から払わないといけないからです。ちょっとでも出ていくお金を減らしたかったです。
でも筆は最初からケチらないでほしいです。35年書道を続けてきた経験から声を大にして言わせてください。
ネットに集まる「やってしまった」声
最近、100均の書道筆についての口コミをじっくり読んでみました。出てくる声のほとんどが、同じ3つの体験に収束しているんです。
「ほぐしたとたんに毛先が割れた」
SNSに投稿されているレビューのなかに、「ほぐしてすぐに毛先が割れてめちゃくちゃになった」という声がありました。使いはじめる前から崩壊、というのは笑えない話です。
「毛がよく抜けると子供が不満を言い、結局買い直した」
Yahoo!知恵袋にもこんな投稿がありました。「毛がよく抜けると子どもから不満が出て買い直した」と。書いている最中に毛が落ちてきて、それをどかそうとすると半紙の墨が伸びてしまう。ストレスが積み重なる悪循環です。
「筆の毛が揃わず、始筆も終筆も線も書けない」
書道経験者からのコメントも辛辣でした。「まず筆の毛が揃わない。始筆、終筆、線も書けず、全く稽古にならない」というのは、使ったことのある人ならうなずける言葉だと思います。
書道の先生たちはこう言っている
ネットで複数の書道の先生の意見を読んで、共通していた言葉があります。
「初心者こそ、ちゃんとした筆を使うべき」
書道教室の先生がブログでこう書いていました。「ベテランの先生でも使いにくい道具を使いこなすには苦労するのに、初心者にできるわけがない」と。さらに「まだ初心者だし、上手になってから良いものを使えばいいわ~という考えは逆なんです」ともおっしゃっていました。
この先生自身、子どもの頃に数百円の筆でずっと書いていたところ、先生から良い筆を1本もらったら急に字が上手くなって褒められるようになった体験をされたそうです。その後また安い筆に戻ったら書けなくなって、お習字自体がいやになってやめてしまった——という話は、胸に刺さりました。
「良い筆を使うと上達する。これは間違いない」
正統派書道家として活動されている藤井碧峰先生も、100均筆と2,000円の筆を実際に比較した上でこう言っています。「私の先生の教室に来ている生徒を何人も見てきたが、親御さんの筆への投資額で上達スピードが全く変わってくる」と。「そうして沢山の時間を無駄にして、上達しないと言って教室を去っていった人を何人も見てきた。才能があっても開くこともなく終わるのはもったいない」という言葉も印象的でした。
なぜ安い筆はダメなのか:素材の話
使い心地の問題だけではありません。実は素材レベルで根本的な問題があります。
100均で売られている筆の表示を見てみると、「羊毛・ポリエステル」と書かれているものがあります。ポリエステルは化学繊維なので、墨をほとんど含みません。つまり1〜2画書くたびに墨をつけ直さなければならず、文字を書くリズムが根本から崩れてしまう。
また、安い筆は毛に腰(こし)がありません。実際に比較検証した書道家の方は「毛にしなやかさがないため方向転換するときに変な線が残る。いかにも安っぽい字になる」と書いていました。さらに「毛が粗い分、墨の含みも悪いため途中で墨の供給が足りなくなり、品のないかすれが出てしまう」とも。
書道家の藤井先生が100均筆をまとめた箇条書きを引用すると——
抜け毛が多い / 穂先の長さが不揃い / バサバサしていて線が汚い / 墨が持たないので1字の中で何度も墨継ぎが必要 / 反発力が不自然で書きにくい / 筆を洗う時になかなか墨が抜けない
——これだけの問題が110円に詰まっているわけです。
「自分の腕が悪いのか、筆が悪いのか」がわからない
35年書道をやってきたわたしが一番もったいないと思うのは、ここです。
初心者のうちは、うまく書けない原因が「自分の技術」なのか「筆の問題」なのかを判断できません。安い筆を使い続けた結果、「書道って難しい」「わたしには向いていない」と思い込んで筆を置いてしまう人が出てくる。これは本当に残念なことです。
Yahoo!知恵袋で長年書道の仕事をしてきた方がこう書いていました。「書道関係の仕事を長くしているわたしでさえ思うように筆が動かなかった。素人さんでは、なおさら無理です」と。
プロが使いこなせないものを、始めたばかりの人が使えるわけがないんです。
では何を選べばいいのか
書道専門の先生方が口を揃えて言っていたのが、大筆は1,500円〜、できれば3,000円クラス以上という目安でした。
わたし個人のおすすめは2,000円前後の兼毫筆(けんごうふで)です。腰のある硬い毛(馬毛・タヌキ毛など)と、墨含みのよい柔らかい毛(羊毛など)を組み合わせた筆で、初心者から上級者まで幅広く使われています。「硬すぎず柔らかすぎない」ので穂先がまとまりやすく、書いた結果が自分の技術に近い形で返ってきます。
選び方のポイントは「兼毛・中鋒・腰が強い」の3つ。難しければ「学生向け」と表示されたものを予算の価格帯で選べば大きくは外れません。あかしや・墨運堂・呉竹など国内の老舗メーカーのものが安心です。
100均筆が「使える」たった1つのシーン
念のため言うと、100均の筆が活躍する場面もあります。書道家の先生もおっしゃっていましたが、「ペンキなど二度と使えなくなるような塗料を使うときの使い捨て用」「硯の墨を別の入れ物に移す墨流し用」——つまり、書道の練習以外の用途です。
書道を上達させるための筆としては向いていない。でも、汚れ仕事の使い捨て筆としては十分です。この使い分けができれば、100均筆は賢い選択肢にもなります。
実はわたし自身も、書道を始めた頃に100均の筆を使ったことがあります。上で紹介した口コミの方々がおっしゃっていることは、全部「そうそう、そうなんです」と思いながら読みました。毛が揃わない、墨が持たない、線がバサバサする——これは大げさな話ではなく、本当のことです。
だからこそ、わたしも自信を持って兼毫筆をおすすめします。
はじめの1本に2,000円を使う。それだけで練習の手ごたえが全然変わります。道具に少し投資することが、書道を長く楽しむ一番の近道だとわたしは思っています。
