「結婚しない」理性と「寂しい」本音の間で揺れる理由。統計データで気づいた「古い価値観の呪い」

ここ数日、私の心の中で激しい嵐が吹き荒れていました。大手の結婚相談所に一度は入会したものの数日でクーリング・オフし、マッチングアプリも試してみたものの退会したばかり。

「やっぱり私は一人がいいんだ!」と理性を働かせる一方で、ふと「でも本当は、心を通わせられるパートナーがいてほしい」という本音が10年に1回程度顔を出して、どうしようもなくなる……。

今からおよそ20数年前、知り合いに「なんで結婚しないの?」と聞かれたことがあります。

そのとき私は、「結婚しない理由が一言で言えるなら、もう結婚している」と答えました。すると「年収が高い人がいいとか、高望みしているんじゃないの?」と言われて、「高望みは上等です」と返していました。

あれから20数年経った今、改めて冷静に考えてみました。なぜ私は結婚していないのか、と。

今日は、そんな生々しい心の葛藤と、統計データを見てハッと気づいた「古い価値観の呪い」について、正直に書いてみたいと思います。

私が「結婚しない」と決めた3つの理性的理由

私の理性は、一人で生きる快適さと安全性を理解しています。私が結婚を選ばなかった(選べなかった)のには、明確な3つの理由があるからです。

「今は仕事で忙しいから、家庭のことはできない」という気持ち。

親の熟年離婚や、友人が養育費をもらえず泣き寝入りしていた現実を目の当たりにし、「明日は我が身、他人を100%信用するのはリスクが高すぎる」という危機管理能力。

長年の一人暮らしで自分の生活スタイルが確立されており、自分の家は世界で一番心地よい空間であること。「そんな空間に、今さら他人を入れたくない」という心地よさへのこだわり。

これだけ理由が揃っていれば、一人でいる方が幸せなはずなんです。

それなのに、なぜ私は結婚相談所のドアを叩いたり、マッチングアプリで誰かとやり取りをしてしまったりしたのでしょうか。

それは、どれだけ理性で抑え込もうとしても、時々「寂しがり屋な本音」が抑えきれなくなって、自分でもどうしようもなくなるから。

この「矛盾する激しい葛藤」は、一体どこから来るのだろう?その正体を探るべく、東京と福岡の意識調査のデータを見比べたとき、私は思わず呆然としました。

福岡で育った私に染みついていた「性別役割分業」の意識

「仕事で忙しいから家庭ができない」と思い込んでいた理由。それこそが、私が生まれ育った福岡という土地で、子供の頃から自然と身につけてしまっていた「古い性別役割分業」の考え方そのものでした。

国の「出生動向基本調査」のデータをベースにした福岡県の「少子化対策・県民意識調査(令和6年)」を紐解くと、地方におけるその意識の根強さがはっきりと数字に表れています。

たとえば、「夫は仕事、妻は家庭を守るべきだ」という考え方に対して、福岡の18〜34歳の未婚男性の実に19.5%(約5人に1人)が「賛成」と答えています。

また、「男女の固定的な役割分担の意識を改めるべき」という少子化施策に対して、福岡の女性は38.4%が必要だと感じているのに対し、男性は29.6%にとどまっています。

一方で、東京都の「とうきょうこどもアンケート(令和7年)」を見ると、17歳の若い世代で「仕事は男女同じように担うべき」と答えている割合は73.7%に達しており、「主に男性が担うべき」と答えたのはわずか16.2%です。

東京のように「仕事も家庭も男女で分かち合って自立してやろう」という価値観が育つ環境とは異なり、私は無意識のうちに、「結婚する=仕事の手を緩めて、自分が家庭の責任を負わなければならない」という、育った環境が持つ古い考え方に縛られていたのです。

「仕事が忙しいから家庭ができない」のではなく、「家庭を背負わされることが怖かったから、結婚が怖かった」のだと気づきました。

呪いを解いて、私らしいパートナーシップへ

「誰かと生きていきたい」という本音は、生身の人間としてとても温かくて正常な感情です。

でも、その本音が出たときに、古い「結婚の型」に自分を無理やりはめ込もうとするから、拒絶反応が起きて苦しくなっていたんですね。

私の大好きな「世界で一番居心地の良い空間(マイルーム)」に他人を入れる必要なんて、そもそもないのかもしれません。お互いに自立した上で、美味しいワインを飲むときだけ繋がれる、そんな新しい時代のパートナーシップだってあるはずです。

まずは、身に染みついた古い土地の考え方を「あ、これは私のせいじゃなくて、育った環境のクセだったんだな」と笑い飛ばしてあげることから始めようと思います。

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