体重が増えも減りもしない時期と、書道で上達しない時期が重なることがあります。どちらもしんどい。「続ける意味があるのかな」と思いはじめる、あの感覚です。
書道歴35年、カーブスに通いながら感じているのは、停滞期の乗り越え方が「書道」と「カーブス」でかなり違うということです。でも根っこにある共通点は一つです。
書道の停滞期:自分でしくみを作るしかない
書道では、停滞期のモチベーションを誰かが管理してくれるわけではありません。上達しない時期は自分で何とかするしかない。
私が頼りにしてきたのは3つのしくみです。
ひとつは段級という目標です。次の段を取るという具体的なゴールがあると、停滞していても「まだやることがある」という感覚が続きます。ふたつめは展覧会への出品という締め切りです。締め切りがあると、気持ちが乗らなくても筆を持ちます。そして三つめが、教室の仲間との会話です。「来週も行こう」という気持ちになれるのは、うまく書けた自分を見せたいからだけではありません。あの人と話したいから、というのも大きい。
そういえば、ある日教室で面白いことがありました。近くにいた少年が「書道をやっている大人の男性ってかっこいい」と言っていたのです。私は女性ですが、その言葉を聞いて思いました。少女も同じではないか、と。外からの思いがけない言葉が、自分でも気づいていなかったモチベーションになることがある。停滞期に筆を持ち続けることは、誰かの目に「かっこいい」と映っているかもしれない。
カーブスの停滞期:しくみとして「話す相手」がいる
カーブスの停滞期は、書道とは違う感覚があります。数字が変わらない時期でも、コーチが声をかけてくれます。
「筋トレに来た自分をほめてあげましょう」
この言葉が意外と効きます。来たこと自体が成果、という視点です。書道では自分で「今日は来ただけでもいい」と思うしかありませんが、カーブスではそれを言ってもらえる。何気ない会話が「また来よう」につながる。一人ではない、という安心感がモチベーションになっています。
書道は自分でしくみを作る。カーブスはしくみとして話す相手がいる。どちらのアプローチも、停滞期を乗り越えるために機能しています。
共通点:「一人でやらない」こと
停滞期に続けられる人と続けられない人の違いは、才能でも根性でもないと思っています。「一人でやらないしくみ」があるかどうかです。
書道なら段級・展覧会・仲間。カーブスならコーチとの会話。どちらも「一人でやらない」という共通点があります。
「続けることが目的化していないか」と問われると、そうかもしれません。でも、続けていると必ず「また動き出せた」という瞬間が来ます。停滞期はその手前にある、避けられない時間なのだと思っています。