マニュアルとAIを超えて。「責任感」という最後の一線を引く。

ITインフラの世界を歩み続けてきた私の眼前に、今、いくつかの不思議な景色が広がっています。

1. マニュアル、AI、そして「スキル」という名の壁

現在担当しているジョブ管理システム「PBS Professional」への問い合わせ。その回答の多くは、実は英語の公式マニュアルに書かれていることです。私の会社のお客様で、英語が読めない方などいらっしゃいません。ましてや今は、会社が課金しているAIに聞けば、瞬時に「それらしい答え」が返ってくる時代です。

しかし、AIは対話する相手に合わせてパーソナライズされます。 そもそも、マニュアルにあるような基本事項をサポートに聞いてくる方は、AIを使いこなす以前の段階で立ち止まっていることが多いのです。マニュアルをただ渡すのではなく、相手のレベルを見極めて「翻訳」して届ける。そこにこそ、私たちの介在価値があります。

2. 怒号と屈辱を越えてきたプライド

私が若かった頃、「パワハラ」という言葉はありませんでした。 Windowsがブルースクリーンになるだけで激しく叱責され、外注(パートナー)というだけで「なぜお前のためにパソコンを運ばなきゃいけないんだ」と言われる。「どうせおまえ、外注なんだろう?」というお客様の言葉に、「私は〇〇のスタッフでございます。」謝りながらお願いする。男性の社員がどなりながらパソコンの横に立つ。そういうこともありました。同じ会社の男性社員から、SVの私に向かって、「おれはお前なんかの下で払きたくないんだ。尊敬できる人の下で働きたいんだ」と言われ、「ここは仕事をしに来るところです。あなたの個人的な希望を叶える場所ではありません」

数年前、十数年ぶりに訪れたかつての現場は、驚くほど穏やかな現場に変わっていました。教育の賜物でしょう。環境は、確かによくなった。

けれど、そんな穏やかな現場で、他社の若い女性技術者が「私、派遣なので」と常駐先で社員に向かって言っていたのを見た時、私は思わず彼女を叱責してしまいました。

「自分から派遣だなんて言わないで。仕事がしにくくなる」

私たちは身分ではなく、技術への誠実さとプライドで現場を守っています。自ら壁を作り、責任を逃れるような言葉は、誠意を持って現場で働いている他の技術者のプライドを傷つけてしまう。邪魔をしないでほしい――それは、私なりの、仕事への敬意でした。

3. 「ないんですよ」という不条理への対応

一方で、仕事以前の問題に直面することもあります。 常駐している外部コンサルタントに「LANケーブルを挿してください」と伝えたら、「ないんですよ」と返される。会社貸与のPCにLANケーブルの差込口がないはずはないのに。

性格の悪さを感じつつも、黙って物理的な差込口を教える。知識の問題ではなく、向き合う姿勢の問題。そんな小さな不条理の一つひとつを飲み込みながら、私たちはインフラを維持しています。

4. 日米デジタル貿易協定と「責任感」の行方

そして今、私たちは「日米デジタル貿易協定」という大きな壁にも直面しています。 アメリカ企業のソフトウェアの仕様(ソースコードやアルゴリズム)を求めてはならないというルール。客観的に見れば正しいのでしょうが、現場からすれば「責任は負わされるのに、解決するための武器(情報)は与えられない」という矛盾した戦いです。

「そうはいってもね……」

最終的に法的な責任を取るのは上層部かもしれません。でも、現場で動かしている私たちが、プロとして責任感を持って仕事をするのは当たり前のこと。 武器がなくても、情報が制限されても、私たちは自分の経験と誠実さで「答え」を導き出さなければならないのです。


それでも、一線を引く。

マニュアルをなぞるだけなら、AIでいい。 責任を負いたくないなら、技術者を名乗らなければいい。

それでも私は、明日も届くであろう「マニュアルを読めばわかる質問」に、私なりの誠意を込めて回答を書きます。かつてどなられたあの日の悔しさも、仕様が見えないもどかしさも、飲み込んで引く「次の一線」に。

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