AIが進化する時代だからこそ、書道を続けている——自分の手でしか生み出せないものがある

ITインフラエンジニアとして21年間、技術の進化を現場で見てきました。AIが登場してから、その変化のスピードはさらに加速しています。

AIはコードを書き、文章を書き、画像を作る。「自分がやっていたことをAIに任せられる時代」になってきました。

そういう時代に、なぜ書道を続けているのか。改めて考えてみると、答えははっきりしています。

AIが代われない「一回性」がある

キーボードで打つ文字は、誰が打っても同じ形になります。AIが生成する文字も、同じです。でも、筆で書く文字は違います。その日の体調、呼吸のリズム、気持ちの揺れが、そのまま紙に出ます。

一画一画は、書き直しができません。消せない。その「一回きり」という感覚が、筆を持つときの緊張感につながっています。

AIにできることは増え続けますが、「自分の手でしか生み出せない一枚」は、AIには作れません。効率とは真逆の世界です。でも、だからこそ価値があると感じています。

「時間がない」は、優先順位の問題だった

書道を続けていると「時間がよくある」と思われることがありますが、そんなことはありません。仕事が忙しい時期は、筆を持てない週もあります。

でも、続けてきた理由は「時間があったから」ではなく、「時間を作ろうと思えた」からです。

友人と会う時間は、忙しくても作れます。「この日は会おう」と決めれば、スケジュールを調整します。書道も同じで、「この時間は筆を持つ」と決めてしまえば、続けられます。時間は勝手に余るものではなく、作るものです。

AIが多くの作業を代行してくれるようになったからこそ、「自分が手を動かすこと」に使う時間の意味が変わってきたと感じています。効率化できた時間を、自分にしかできないことに使う。書道はそのための時間です。

デジタルと書道は、対立しない

ITエンジニアが書道をやっているというと、意外に思われることがあります。でも私には、矛盾した感覚はありません。

デジタルの世界では、ミスはCtrl+Zで戻せます。コードはコピーできます。でも書道では、一画ごとに全集中します。この「戻せない世界」に身を置く時間が、デジタルの仕事と切り替えるスイッチになっています。

AIが進化するほど、人間が「手を動かして何かを作る」ことの意味は増していくと思っています。書道はその一つの形です。

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