10数年前の葛藤と「3倍の努力」。未払い給与、激務、そして父が教えてくれたこと

ITインフラエンジニアとして歩んできた20余年。その途上、10数年前に経験した「暗黒期」があります。鳴り止まない操作問い合わせ、社長からの的外れな誤解、そして給与未払い。そんな私を救い出してくれたのは、仕組み化への執念と、父の驚くべき行動力でした。


1. 鳴り止まない問い合わせと、組織内の「デバッグ不可能なバグ」

当時、私は健康保険組合向け事務処理システムの保守運用に携わっていました。 法改正があれば夜11時までテストが続き、日中は操作方法を尋ねる電話が鬼のように鳴り響く。1時間待ちの折り返しが当たり前で、昼食は電話が止まるわずか20分の間に詰め込む……そんな現場でした。

さらに私を困惑させたのは、組織内の人間関係という「デバッグ不可能なバグ」でした。 私は、現場を任されていた上席のIさんを、感情的な面はあれど尊敬していました。しかし、社長はなぜか私たちが「不仲である」と勝手に思い込み、「Iの欠点と長所を言え」と言ってくる。何でそんなことを言うのだろう感じる言葉を何度もかけられました。

現場の信頼関係を無視した社長の的外れな誤解。個人の努力や論理ではどうにもできない組織のゆがみに、エンジニアとしての正論が通用しない環境にもやもやしていました。


2. 自分の時間は「有限」である。だからこそ「仕組み」で勝負した

仕事でもプライベートでも、他人の感情や無駄な議論に自分の「有限な時間」が奪われていく。マンション管理組合の話し合いが終わった後、何がしたくてそんなことを言っているのか分からないと感じる所有者に、あなたはそれをして何がしたいんですかと問いかけると、黙ってしまう。高齢の所有者がインターネットで調べものなんて、誰でもできることではないという言葉に、やろうとしないからいつまでもできないんですよという言葉を飲み込み、そうですねと答える。管理会社にまかせたいんです。僕は忙しいので、考慮してください。管理会社と一緒にやってきた信頼関係があります。それを尊重してください。おっしゃることは間違ってないです。マンションの管理に失敗すれば、当時の理事長が個人的に訴えられたりすることもある。だから、責任を分散する必要があることもわかる。だけれども、少子高齢化で管理会社がマンションを選ぶ時代になった。管理会社ばかりに管理を任せられない。マンションの管理会社にマンションの管理責任はない。私たち中高年の価値は責任を引き受けること。それ以外に私たち中高年に立つ瀬はない。そう思って十数年。最近は、管理費を安くして修繕積立金からお金を取っていく業者が増えていると聞きます。予算が潤沢にあるとは言えない、当マンションは有志が頑張らないといけない。踏ん張ろうと思って十数年。今も、マンション管理組合で、相見積もり取得や国土交通省の調査の分析。問題が表面化する前に、まずは所有者に現実を伝える。その上で、落としどころを探していく。マンションの管理は何も事故がなければ、気にされることはない。だけれども、問題が起こると誰かが対処しなくてはならない。有事の為に管理会社がいる。管理会社にマンションの管理責任はないけれど、パートナーになっていただかなくてはならない。素人集団の管理組合がどう管理会社を味方につけるか。必要な時に管理会社に頑張ってもらう。一部の牧歌的な所有者の声ばかりに耳を傾けていたら、時代についていけない。それだからと言って文句を言ったところで、生産性がない。他人を変えるより自分が頑張ろう。親がマンションを管理する姿を見たから、マンション管理の現場は私にとって身近な存在。当時、頑張る覚悟をした私はまず手始めに、本業を変えて楽することにしました。

問い合わせ対応を2割効率化

膨大な操作質問を分析し、「Q&A(ナレッジベース)」として整理。質問から回答までの時間を2割削減しました。 「覚えが悪いから他人の3倍やって人並み」という父の言葉を胸に、自宅ではこっそり基本情報技術者の勉強を続け、現場の苦労を少しでも減らす仕組み作りに没頭したのです。


3. 経営難と給与未払い。父が示してくれた「解決の最適解」

会社は経営が傾き、給与の未払いが発生。私は退職を決意しました。 未払い給与の回収という重い課題に対し、私は「裁判を抱えながら新しい仕事をするのは非効率だ」と判断しました。リソースを分散させない、エンジニア的な優先順位の付け方です。

すると、父が動いてくれました。 裁判という時間のかかる手段を使わず、父が交渉して未払い給与をすべて取り戻してくれました。父は、私の仕事の状況を黙って聞いてくれました。そして、こういいました。あの状況下で鬱にならなかったのが不思議だ。そいう言った父に、なるだけ休みの日は、美術館に絵を見に行ったり、旅行に行ったりしてストレス発散をしていたと答えました。父の強さと「他人の3倍努力しろ」という教えが、私を今日まで支えてくれたのだと深く実感しています。


まとめ:あの頃の決断が、今の私を支えている

10数年前のあの経験。 「日本で女性が男性と肩を並べて働くには、3倍の努力が必要だ」という父の教えは、差別への警告ではなく、「逆境でも生き抜くための武器を持て」という愛のムチだったのかもしれません。

今の私が、AIを使いこなし、効率化の先にある「和みの時間」を大切にできているのは、あの時、努力しているその時に「仕組み」の力を知ったからです。


※掲載の情報は2026年4月時点のものです。

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