【通信の起点】江戸の飛脚は、現代の光ファイバーより熱かった。〜日本橋0kmからの再起動〜

1. すべての道と情報の「0km地点」

皆さんは、日本の道路の「中心」がどこかご存知ですか? 東京・日本橋。今も日本の主要な国道の起点となっています。江戸時代に五街道が定められて以来、ここはあらゆる人、物、そして「情報」が旅立つ0km地点でした。

かつて、江戸ー大阪間を3か4ら日で駆け抜けた驚異の飛脚たちも、この日本橋を拠点に、全国へ向けて情報のパケットを放っていたようです。

2. 将軍と総理が「筆」で繋いだ歴史

書道をたしなむ者として、背筋が伸びるものがあります。それは、橋の四隅に掲げられた「日本橋」の文字が、徳川幕府最後の将軍・徳川慶喜公の揮毫(きごう)によるものだからです。さらに道路中央の元標の文字は、佐藤栄作元総理によるもの。

時代の転換点に立つリーダーたちが、自ら筆を執って「起点」に名を刻む。 その力強い墨跡(ぼくせき)からは、新しい時代を切り拓こうとする凄まじい熱量が、今もなお伝わってきます。

実は私の出身地福岡県にもここを中心に道路が設計されているという場所があります。

「赤煉瓦文化館」から短い横断歩道を渡った先の橋のたもとです。

多くの記者が行き交い、最新のニュースがパケットのように放たれる新聞社のすぐそばに、かつての『0km地点』があったというのは、なんだか不思議な縁を感じます。

江戸の日本橋から始まった飛脚の道が、九州のこの地でまた新しい情報の起点となる。

3. 識字率7割が支えた、人間による高速通信

なぜ江戸の飛脚は、現代の光ファイバーにも負けないほどの「熱」を持って走れたのでしょうか。 それは、当時の日本人(江戸)の識字率が約7割という、世界でも類を見ないほど高かったからです。

町の人々が高いリテラシーというOSを共有していたからこそ、膨大な「伝えたい想い」が生まれ、それを3~4日で届けるという超高速の人間ネットワークが維持されました。 文字を書ける喜び、そしてそれが届く喜び。そのエネルギーを感じます。

4. 「守破離」と再起動

ジョブ管理の仕事では「正確な通信」を、書道では「想いを乗せた線」を目指しています。

日本橋の銘板を書いた慶喜公も、きっと何度も練習を重ね、本番の一発勝負に挑んだはず。 私もまた、積み上げてきた型を大切にしながらも、時にはお手本を閉じ、自分らしい熱量で言葉を届けていきたいと思います。

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