墨の香りとワインの余韻。35年筆を握って気づいた「美」の共通点

こんばんは。 今夜は冷蔵庫でキンキンに冷やしておいたチリワインを開けました。

お供は、テイクアウトしたピザと、スーパーの惣菜コーナーで買ってきた、少し甘いタレの焼き鳥。 パックからお皿に移し替えただけの気取らないラインナップですが、この「自由な時間」こそが、寂しがり屋の一人好きである私にとって、何物にも代えがたいリラックスタイムです。

ワイングラスを傾けながら、ふと思ったことがあります。 それは、私が35年間続けてきた「書道」と、今目の前にある「ワイン」には、驚くほど似た共通点があるということです。

1. 「掠れ(かすれ)」と「喉越し」の風景

私が愛してやまないのは、王羲之の『蘭亭序』に代表されるような、流れるような行書の世界です。 筆が紙の上を走り、墨がふっと切れる瞬間に生まれる「掠れ」。そこには、計算だけでは生まれない、その時その瞬間の「呼吸」が宿ります。

冷えたチリワインが喉を通り抜ける瞬間の感覚も、どこかそれに似ています。 スーパーの焼き鳥の香ばしさを追いかけるように、力強い果実味が喉を刺激し、潔く消えていく。そのキレの良さは、一画の終わりに筆をスッと跳ね上げ、白い紙の上に残る残像のような心地よさがあるのです。

2. 消えてから始まる「余韻」の楽しみ

書道では、墨が置かれた場所以上に、「余韻(よいん)」が重要だと言われます。書き終えた後の空間の広がりや、筆が去った後に残る空気感。

ワインも同じですね。一口飲み込んだ後、鼻に抜ける香りと、舌に残るわずかな渋み。 この「余韻」をじっくり楽しむ時間は、書き上げたばかりの文字を少し離れたところから眺め、その出来栄えを静かに味わう瞬間に重なります。日常の喧騒から離れ、自分の感覚だけを研ぎ澄ませる贅沢がそこにあります。

3. 「一人」を慈しむ豊かな時間

墨を磨り、真っ白な紙と向き合う時間は、究極の孤独です。 けれど、それは決して寂しいだけのことではありません。自分自身と深く対話する、とても豊かな時間です。

今夜、ワインを片手に過ごすこのひとときも同じ。 ピザを頬張り、焼き鳥をワインで流し込む。そんな飾らない日常のひとコマに、長年書道で培ってきた「美を感じる心」がひっそりと息づいているのを感じます。

筆を置いた後の静寂と、グラスを置いた後の満足感。 明日は金曜日。一週間を締めくくる前に、今夜はこの心地よい余韻に浸りながら、もう少しだけ自分を甘やかそうと思います。

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