成人の日の増上寺。二十歳の晴れ着と、冬の木立に隠れた「筆塚」が教えてくれたこと

成人の日の増上寺。二十歳の晴れ着と、冬の木立に隠れた「筆塚」が教えてくれたこと

今日は神田明神へ参拝したあと、山手線に揺られて増上寺まで足を延ばしてきました。御茶ノ水から浜松町へ。

増上寺に到着すると、そこには今日ならではの美しい光景が広がっていました。 二十歳の節目を祝う、艶やかな振袖や袴姿の方々。 2022年から成人年齢は18歳に引き下げられましたが、多くの自治体では今も、落ち着いた二十歳の時期に「二十歳の集い」として式典を行っています。そんな新成人たちの笑顔が、冬の空気にパッと花が咲いたような明るさを添えていました。

晴れ着の波を横目に、私は現在修復工事中の大きな「三解脱門」をくぐり、あえて右手の方向へと進みました。

木立の先に広がる、静寂のひととき

本堂へと向かう華やかな人波から離れると、辺りはふっと静まり返ります。 「確かこのあたりに……」と、三解脱門から歩いて数分。冬の柔らかな光が地面に模様を描く中、立派な松の木に囲まれるようにして、その場所は静かに佇んでいました。

それが、今回私が見たかった「筆塚(ふでづか)」です。

新成人を祝う賑やかさから、わずか数十メートル。冬の木立の先にその姿を見つけた瞬間、時の流れが止まったかのような不思議な静寂に包まれました。

筆供養から、空へと還る儀式

筆塚の前に立ち、ここでかつて行われたであろう「筆供養」に想いを馳せます。

現代の筆供養では、使い古した筆を浄火で燃やす「お焚き上げ」が行われます。読経とともに立ち上る煙は、筆に宿った魂を感謝とともに天へと返す、美しいお別れの儀式です。

しかし、江戸時代の歴史を遡れば、その形はもっと「土」に近いものでした。当時の「筆塚(筆子塚)」では、実際に使い古した筆を地面に埋め、その上に石碑を建てていたのです。文字通り、筆が永遠に眠る「お墓」として大切に祀られていました。

時代を繋ぐ、感謝のシンボル

なぜ、日本人はこれほどまでに筆を大切にしてきたのでしょうか。その歴史と役割には、私たちが忘れかけている精神が刻まれています。

  • 命への報恩: 筆の穂先に毛を捧げてくれた動物たちへの深い感謝。
  • 師弟の絆: 江戸時代、寺子屋の教え子(筆子)たちが亡き師匠を慕い、その遺徳を偲んで筆を埋めたという「筆子塚」のルーツ。

現代の筆塚は、実際に筆を埋める場所ではなくなったかもしれません。 けれど、こうして松の木や冬の木立に守られて佇む姿は、「道具を慈しみ、万物に感謝する」という古き良き日本人の心を現代に受け継ぐための、大切なシンボルとしてそこに在り続けています。

結び:新たな門出と、変わらぬ心

二十歳を迎え、新しい時代へと踏み出す若者たちの輝きと、何百年も変わらずに「感謝」を伝え続ける石碑。

18歳が成人となった今の時代ですが、こうして人生の節目を丁寧に祝う習慣も、役目を終えた筆を慈しむ筆塚の心も、根底にあるのは「大切に想う気持ち」なのかもしれません。

もし増上寺を訪れることがあれば、工事中の門をくぐり、ぜひ右手の静かな木立の方へも足を向けてみてください。優しい静寂と大切な教えがあなたを待っています。

【出典・参考資料】

亀戸天神社「筆塚祭」 (道具への感謝を捧げる筆供養の神事について)

江戸川区郷土資料室「筆子塚」 (江戸時代の教育体制と師弟愛、筆子塚の歴史的背景について)

https://www.city.edogawa.tokyo.jp/documents/9202/2-06.pdf

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