墨を磨る時間が、頭を空っぽにしてくれる理由

墨を磨る時間が、頭を空っぽにしてくれる理由

仕事から帰って、パソコンの画面を閉じた後。頭の中には、まだその日の出来事がぐるぐると残っています。

そんな時、私は硯の前に座ります。

墨を磨る、たった数分の儀式

水差しから五円玉くらいの大きさの水を出して、硯の丘(水を溜める部分ではなく、磨る部分)に垂らします。そこに墨を当てて、円を描くようにこすり続けると、水が少しずつ海(墨汁が溜まる部分)に流れていきます。

水が乾いてくるので、たくさんの量を磨るのは正直なかなか大変です。それでも磨り続けていると、墨の香りに包まれて、なぜか気持ちが落ち着いてきます。

なぜ「空っぽ」になれるのか

墨を磨っている間、他のことを考える余地がほとんどありません。力の入れ方、水の量、墨の減り方——五感が今この瞬間の動作に集中します。

これは、単なる気のせいではないようです。脳科学の分野では、深呼吸や単調な反復動作が、リラックスした状態で現れる「アルファ波」を活性化させるとされています。墨を磨る動作も、一定のリズムで同じ動きを繰り返す反復動作の一種です。「なんとなく落ち着く」という感覚には、こうした裏付けがあるのかもしれません。

書道歴35年の中で気づいたのは、これは「無理に何も考えないようにする」のではなく、「考える対象を、目の前の墨だけに絞る」という感覚だということです。悩みを消そうとするのではなく、悩みより大きな存在感を持つ「今この瞬間の作業」に、意識を明け渡す。

忙しい日ほど、墨を磨る価値がある

「忙しいから墨を磨る時間なんてない」と思うかもしれません。でも私の実感では、忙しい日ほど、この数分間が効いてきます。

頭がいっぱいの状態でそのまま眠ろうとしても、なかなか寝つけません。でも墨を磨ってから布団に入ると、頭の中が少し整理された状態で眠りにつけます。

書道をしない日でも、墨だけ磨ることがある

正直に言うと、時間がなくて実際に字を書けない日でも、墨だけ磨ることがあります。書くところまでいかなくても、墨の香りに包まれる数分間だけで、十分な気分転換になると感じているからです。

忙しい大人にこそ、試してほしい

墨を磨るのに、特別な道具はいりません。硯と墨、水があればできます。5分あれば十分です。

頭がいっぱいで眠れない夜、パソコンを閉じた後の切り替えの時間として、一度試してみてください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA