三連休の真ん中、ふらりと立ち寄った東京国際フォーラム。そこには、5月に開催される音楽の祭典「ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2026」を宣伝するために、一台の赤いピアノが置かれていました。
インフラエンジニアという職業柄か、私はどうしても物事をシステム的に捉えてしまう癖があります。
警告色(アラート)ではない「赤」
本来、ITの世界で「赤」といえば、サーバーのダウンや異常検知を示す「警告色(アラート)」です。遠くからでも目を引くその鮮やかなピアノは、本来なら空間の中でひときわ異彩を放つはずでした。
しかし、不思議なことに、その赤いピアノは国際フォーラムの広大な空間に、しっとりと溶け込んでいました。それは決して自己主張する「エラー」ではなく、そこに集う人々を優しく受け入れる背景(バックグラウンド)として機能していたのです。
優れたインターフェースは存在を感じさせない
私たちが日頃使っている優れたシステムやUIがそうであるように、「本当に優れたインターフェースは、その存在をユーザーに意識させない」ものです。
そのピアノも同じでした。 代わる代わる椅子に座る奏者たち——小さな子供から、年季の入ったベテランまで皆さんが奏でる音色を引き立てるための、完璧な「接点(インターフェース)」としてそこに在りました。
5月の本番になれば、ここはキッチンカーが並び、座る場所もないほどの熱狂(高負荷状態)に包まれるでしょう。でも今は、この赤いピアノという一つのノード(結節点)を通じて、音楽という名のパケットが静かに、かつ確実に、道行く人々の心へと流れていっているでしょう。

